【調布・調布駅の歯科・歯医者】みはし歯科クリニックの三橋憲司の自己紹介
こんにちは。調布、調布駅のみはし歯科クリニック院長、三橋憲司です。今回は趣向を変えて自身の自己紹介をさせていただきます。
僕は出身を聞かれると少し困るところがあります。生まれは杉並区荻窪ですが幼少期にすぐ兵庫県に転居し、高校卒業までの15年以上を兵庫県で過ごしました。
父も母も関西人ではないため家庭では標準語、学校では関西弁という何とも不思議なバイリンガル?になりました。そのため今でもふつうは標準語なのですが、関西弁の方や関西のイントネーションが残っている方と話すと関西弁になることがあります。
高校は関西有数の進学校である甲陽学院高校を卒業しました。自分でいうのもなんですがかなり優秀な学校で卒業生の半分が東大、京大に進学し医学部に進む生徒も多数いました。ただ、勉強や私生活に関してはかなり自由な学校で校則はなく、法律に違反しなければいいという感じでした。
僕はそんなに意志の強い人間ではないためその自由をはき違え、成績は低空飛行を続ける結果となりました。部活の剣道は頑張りました(二段です)。
三年生の半ばに部活を引退し、このままではまずいと思い本腰を入れて受験勉強をしました。僕は歯科医師になりたかったわけではなく、北海道大学に進学したかったのでした。ただ、家庭の事情で実家を離れるなら浪人は不可能だったため、その当時の自分の成績と相談して歯学部に進学しました。
北海道大学は歴史のある大学で、当時12の学部とひと学年3000人近い学生が通う大きな大学です。また、メインキャンパスは札幌の中心に位置しており周囲には繁華街から学生用の下宿まで何でもあるとても便利な環境です。ここでの学生生活はとても充実したものでした。歯学部だけではなく、医学部や理学部、法学部や文学部といった他学部の友人たちにも恵まれ、僕の人間性のかなりの部分はこの時期に形成されたといっても過言ではありません。
講義や実習は学ぶことが多く大変でしたが、今思えば実習で深夜まで大学に残ったこと、試験前にファミレスで徹夜で友人たちと勉強したことはとてもいい思い出です。(ファミレスの方、遅くまでドリンクバーで粘ってすみませんでした)
卒業後の進路はとても悩みました。大学に残って何かを専門的に学ぶか、市中のクリニックで全般的に学ぶのか。結局、その中間的な、市中のクリニックでインプラントを専門的に学ぶ道を選びました。
卒後に入社した練馬区のたけした歯科サクセスインプラントセンターは当時も今も日本最先端のインプラント医院でした。ここで出会った理事長でインプラント専門医の竹下先生と、部長で口腔外科専門医の船木先生が僕の歯科医師としての土台を作ってくれた先生です。
竹下先生はインプラントのみならず、義歯にも造詣が深く、テレスコープデンチャーやインプラントオーバーデンチャーなど多彩な技を持つ先生です。船木先生は大学病院で口腔がんの手術も行っていたようなバリバリの外科医です。その二人の先生の技術を学べたことが現在の僕の歯科医師としての支えとなっています。
それから15年ほど研鑽を積み、現在のみはし歯科クリニックを開業しました。僕は決して学業が優れていたわけでも技術が優れていたわけでもありませんでした。しかし、竹下先生には「お前は素直な人間だから、厳しくしても教えてやりたくなる」といわれたことがあります。その通りに厳しくも実践的な指導を受け、かなりの症例を経験させていただきました。当時の患者さんや、上司の先生方には感謝してもしきれないものがあります。自分の行った治療に言い訳せず、うまくいかなかったことも素直に受け止めることが大事だと現在も肝に銘じています。
また、何か気が向いた時にはこのようなとりとめのない話を投稿できたらと思います。
みはし歯科クリニック 三橋憲司




